Toshiの詩とエッセイのブログ

自作詩やエッセイ、おすすめ本などを、載せていきたいと思っています。心に響く文章を書きたいと願っています。

井伏鱒二「黒い雨」 <恐るべき平常心>

飄然としていながら、独特の風格をもった現代作家、井伏鱒二の代表作です。原爆が投下されてから約二十年後に、この本は完成しました。日本最初の原爆小説ですが、二十年という年月がいかにこの悲惨な現実を描くことが難しかったかを物語っています。


そうして、これほどの悲惨な戦争の悲劇を取り扱いながらも、飄々とした味を失いません。恐るべき平常心です。

菊池寛「恩讐の彼方に」 <知られざる偉人>

菊池寛は偉人です。何がどのように偉かったか説明に困るような偉人です。


文藝春秋という雑誌を創刊し、大衆小説を数多く書いた、実業家と作家を兼ねた人と言えばそれまでなのですが、それだけではどうしても菊池寛という人を掴んだことになりません。およそ、作家と言われる人はその当の人間より、書かれた文章の方が立派であることが、一般なのですが、菊池寛の場合はこれがまったく当てはまらず、書かれた文章より当の人間の方が立派であったという稀な人です。


単なる大衆作家というレッテルを貼られても、そのことをまるで意に介しませんでした。菊池寛には、伝記がありません。自分の自伝を書かなかっただけではなく、わざと誰にも自分の伝記を書けないように生活した人です。


これだけ成功させてもらったなら伝記など無用という考えからでした。これほど、私というものを殺し切って、平然と生きた人もありません。様々な人々にその人たちさえ知らないうちに善行を施しながら、自分自身についてはまったく無頓着でした。本当の無私の精神を体現した人です。


この「恩讐の彼方に」という作品は、人間味溢れた作品になっています。


自作詩 雨桜

灰色の雨雲の下
つややかな露を浴びて立っている
満開のさくら


つくづくと見れば麗人のように気高い
桜はなにやら語りかけてくるようだ


お前は何者であるか
わたしをどう思っているのか


わたしはぎくりとして
辺りを見回す
傘を上げ
天をあおぐ


雨粒は無数の黒点のように降ってくる


二人は
厚い雨雲の下
放心したように立っている


「ツァラトゥストラ」 <人生を賭けた超人思想>

「神は死んだ」という有名な言葉の書かれたニーチェの中でも最も知られた書です。ニーチェは、この一言で現代の不安と混乱の状況を予見しました。


たくましい精神がそうした状況をどう生きるべきか。ニーチェの超人思想が綴られていきます。近代の病理を隅々まで見抜いていたニーチェは、自らを犠牲にするように、これからの本当の精神というものを予見に満ちた輝く言葉で書き連ねていきます。


ついに狂死で終わったニーチェの人生を賭けた名著です。

ラディゲ「ドルジェル伯の舞踏会」 <夭折の天才>

この小説については、すでに小林秀雄の名評があります。「破壊にのみ適した諸運動が、突如として合成され、一挙にして形を得た。」評自体が、すでに抽象語による詩になっている感があります。


ダイヤモンド・カットのように切り出された恋愛心理の動きは、明晰に屈折しながら、また彫りの深い陰影に富み、作者ラディゲが二十歳という若さで死んだ事実を、忘れてしまいそうなほど磨かれきっています。フランス恋愛小説の真髄の一つと言っていい傑作です。