Hideのおすすめ本とエッセイと絵と詩等のブログ

おすすめ本やエッセイ、絵、自作詩などを載せていきたいと思っています。

「方法序説」デカルト 中公文庫

近代科学の祖、デカルトの代表作です。デカルトはパスカルと同時代人で面識もありますが、両者はまるで違った人物です。パスカルはカトリックの天才と言っていい人でしたが、デカルトは方法の天才と言っていいでしょう。デカルトは若年にして、哲学上の大発見をし、その後、長い年月をかけて、その発見をするにはどうしたら良かったのかを、自らに問い続けます。デカルトは決して急ぎませんでした。判断する際、明らかな理性によって、少しでも疑わしいと思えるようなことは、決してその判断の中に取り入れぬこと。デカルトの強靱な理性によって、近代科学の礎が見事に据えられました。我々は、始めに大発見をしておいて、その発見をするにはどうしたら良かったかを問う天才を目の当たりにします。デカルトの文章は、模倣も論駁も容易なほど、平易に書かれているように見えて、至る所、背後に深遠な思考を感じさせる名文です。学術書はラテン語で書くことが常識だった当時、母国語のフランス語を用いて、自分の学問の足取りを一幅の絵画のように描いて見せた、感動の書です。不滅の科学者であり、また稀代の哲学者です。


「李陵・山月記」中島敦 新潮文庫

作者の中島敦は若年で亡くなりましたが、漢文調の簡潔で力強い文章を得意とし、さまざまな格調の高い小説を残しました。この本に収められている短編は、どれも完成度の高い、何回もの再読に耐える、古典の名に値する名篇です。囚われの身となった「李陵」が、鬱屈を晴らそうと馬で駆けて行く場面は雄渾ささえ感じます。「名人伝」の少し現実離れしたような話には、抗し難い魅力とリアリティがあります。「弟子」の子路が孔子を深く思う場面は、共感する人が多いことでしょう。どれも戦時下に書かれたこともあって、非常な緊張感が漂う印象的な作品群です。


「ゴッホの手紙」ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 岩波文庫

ゴッホは画家ですが、弟のテオや友人に宛てて、非常に多くの手紙を残していたことはあまり知られていません。しかも、その多くの手紙は、ゴッホの多くの絵と同じくらいの、またそれ以上の文学的な価値を持ったものだとなると驚きを増す人は多いことでしょう。ゴッホの絵が、誰の真似も追従も不可能な、断固たる芸術的な価値を持ったものであることは論をまちません。ゴッホの生涯は自殺で終わりましたが、勘違いされて思われているように、決して狂死ではないのです。ゴッホの手紙には、少しも狂ったところはありません。むしろ、並外れて理性の筋金が通っていると言っていいくらいです。ただ、そこには何か独特なとしか言いようがない、ただならない調子を感じさせるのも事実です。ゴッホはその芸術においてと同じように、非常に個性的な精神病者でした。統合失調症者であり、てんかん病者でもあり、双極性障害患者でもあるという不思議な病態を示しています。中には、あれほどの創作力を持っていたのだから、病気ではなかったという専門家もいるくらいです。「私は素直に自分に振られた狂人の役を演じよう。」とゴッホは、手紙の中で言っています。絵を言葉で表現するとき、ゴッホのように見事に書き表せた人は他に見当たりません。自己超克という徳をこれほど我が物にした人物は他にいないでしょう。絵は手紙を超え、手紙は絵を超え、ゴッホが描いた糸杉のように果てしなく互いを超えていくようです。われわれは驚くほど純粋な精神の劇に立ち会うことができます。芸術に少しでも興味を抱くような人なら、読んでもらいたい感動の書物です。


自作詩 真理(truth)

町の灯が星の輝きを消してしまうように
光はじつに多くのものをかくした
いつも控え目に片隅に埃をかぶって
あまりに手近なあまりにあたりまえなもの
手垢に汚れた古本のように
わざわざ取り出して見ることもないくらい
喜びは孕み
悲しみは生む
アンナ・マグダレーナ・バッハのように
単純な生活の真実な感情
激情に蝕まれ
夢に病むこともない
月は高く
闇は語る

それはこれであったか