Sekiの本と詩とエッセイのブログ

おすすめ本や自作詩、エッセイなどを載せていきたいと思っています。

中国 <不思議な国民性>

中国はなんとも不思議な国である。国民性としては、時の為政者など信用しないが、知識階級の政治的関心は他のどの国と比べてみても抜群に高い。諸子百家の時代は自由思想時代といわれ、それこそ思想が乱立し百家争鳴したが、それらの思想はすべて政治思想である。儒教は、もちろんそれらよりずっと古い。


国は一般にどの国を見てみても、機会があれば、少しでも領土拡張を狙うものだが、万里の長城はわざわざ国としての境界線を引く。こんなことを営々と何千年も続けてきた国は他にない。よく北方蛮族からの侵略を防ぐためと説明されるが、それなら、文明の力で征服すれば良いことなので、中華民族という人たちは、元々、他国の人たちはその国でよろしくやってくれ給えと、ひたすら自国の政治安定にしか興味を抱かない不思議な国民性を持っていると言えると思う。


御存知のように、元の時代、文字を持たない文明の遅れたモンゴル民族に征服されてしまうが、民の時代で政権を取り返しても、仕返しなどということをまるで考えない。そのうちに、東北民族の女真族に再び政権を奪われ、清国ができてしまい、それが三百年も続く。その間、中華民族のインテリゲンチアたちは何をやっていたのか、気が遠くなるような思いがする。


不思議なほど、やられっぱなしな国であり、民族なのである。だから、毛沢東の出現は大きかったと言える。日本の満州国建国など、中国の歴史から見れば、些々たる出来事である。中国はこの革命家の出現をまって、本当に漸く中華民族としての自信を回復したのである。


政治的に見ても古臭くなってしまった共産主義思想を、市場を開放し、GDP世界第2位の国となっても、未だに後生大事に護持しているというのも、この一人の男に対する敬意以外のものはないので、中華人民共和国はこの男をシンボル化することによってようやくその安定性を得ている危うい政治状況にある。共産党一党支配は、為政者の強権を誇るものではなく、そうしなければ、国が政治的に安定しようがない危機感の表れと見る方が正確なようだ。


周辺隣国への干渉は、共産思想かぶれだとしても、近頃の南沙諸島への進出、また、ガス田開発の建造物は、最新式の万里の長城だと、わたしには見えてしょうがないのだが、どうだろうか。それとも、共産主義思想国としての最後の足掻きだろうか。今の為政者がそれほど共産思想かぶれだとは、とても思えないでいるが。