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エッセイ クラシック音楽雑感 「ベートーヴェンとビリー・ジョエル」

ご存じの人も多いと思うが、ビリーがピアノソナタ「悲愴」の2楽章に歌詞をつけてアカペラで歌っているポップスがある。私はうかつなことに、ベートーヴェンの曲だと知らずに、友達に勧められて、ポップスも棄てたものじゃないなと何度も飽きるほど聴いた。学生時代のことである。


困ったのは、それからである。「悲愴」を聴くたびに、あのビリーの甘ったるい声が出てきて、鑑賞を妨げる。どんな名人のどんな名演奏を聴いても、ビリーが顔を出す。今でも、そうである。友達も迷惑なことをしてくれたものである。


二度と、いや私の場合は100回くらいビリーのを聴いたからであるが、こういう、パブロフの犬のような羽目におちいるのはごめんである。だから、もうビリーは聞かない。


だが、ビリーの例とは違うが、もう聴きたくない曲というものがある。私の場合は、モーツァルトのおそらく一番有名な「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」である。どんな名指揮者の名演奏でも駄目である。繁華街などを歩いていて聞えてきたりすると耳をふさぎたくなる。駄作を一曲も書かなかったモーツァルトが書いた唯一の駄作だと思っている。


私もご多聞に漏れずにモーツァルトのこの曲も充分に気に入り、はじめのうちは、何度も飽きるほど(ただ、モーツァルトで飽きるということは有り得ないのだが。)聴き、それから本当に嫌になった。これは、モーツァルトの曲としてはふさわしからぬ欠陥があると、今でははっきりと断言できる。


それから、ビバルディの「四季」、チャイコフスキーの「白鳥の湖」、ドボルザークの「新世界」これらも耳をふさぎたくなる。それほどでもないが、聞くとどうしても退屈なのがベートーヴェンの「田園交響曲」(その点、「運命」は異常なほど有名なのに、そうはならない。これはこれでじつにおもしろいことだと理由をよく考えるのだが)。


クラシックの通俗名曲は、全部とは言わないが、入門用にはいいかも知れないが、真面目な鑑賞に堪える曲はなかなかない。難しいものである。