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グレン・グールド バッハ「ゴルトベルク変奏曲」

グールドの代名詞のような曲だが、グールドのこの曲の演奏がなぜこうも現代人に訴えかける力を持っているのか、わたしには不思議なのである。


まず、このゴルドベルグ変奏曲という曲である。この曲は、バッハの中でも、もっとも長大な鍵盤曲だが、演奏に50数分もかかるというのに、忙しくてしようがない現代人の感性に合うのはどうしたわけだろう。わたしはこのグールドの演奏を聴いた人の中で、否定的な意見を聞いたことがない。それに、グールドの演奏したこの曲だけは他にロックやポップスしか聴かないような人にまで訴えかける力を持っている。


また、この曲は2声か3声のみの旋律で書かれていて、現代の感性では単調に聴こえてしようがないはずなのに、グールドの演奏は少しも飽きさせない。


グールドは、ホロヴィッツやミケランジェリのような人とはまるで違って、ピアノの響きを最小限に抑えた演奏である。スタイルは、音の強弱のないチェンバロを弾くような言ってみれば古風なと言っていいような弾き方である。


グールドは、まるでピアノを喋らせているような弾き方をする。時に、よく聞き取れないほど早く饒舌に喋らせる。そうして、聴く者には、ある何か、とても重要なことを早口で喋らせているように聞こえ、聴く者は、思わず、聞き耳を立てずにはいられなくなるというような演奏であるというよう聴こえる。また、ピアノの響きには拘らないから、音色そのものはまったくモノクロームの単色である。(ピアノは指を伸ばして弾くと色彩が豊かになり、立てて弾くと単色になる。グールドはどの演奏を見ても指を伸ばして弾くことはない。)


あるとき、グールドが「わたしは最後のピューリタンだ」と述懐している文章に出会った。この言葉で、グールドが何を本当に言いたかったのは、不明だが、わたしは、グールドの演奏を聴く度に、このグールドの言葉が頭を過ぎるのである。「最後の清教徒」。この言葉は、グールドの不思議に参入するキーのごとき言葉だと思っている。他の色々にあげつらわれる彼のエクセントリックな言動は、その邪魔をするだけではないかとも思っている。


ちなみに、わたしは、グールドの演奏が好きでしょうがない男である。